国家のビジョンと基本戦略

国家戦略と事業仕分け

最近、今後の日本社会の発展のために戦略的に進めるべき政策について、話題になることが少なくなってきたような気がする。これは、リーマンショック以来の金融危機を契機として、危機を克服するための目先の対応に追われてきたことが一つの要因と考える。

あわせて、政権交代に伴う、子ども手当や農業における戸別所得補償制度の創設など、マニフェストの実現に向けて、財源確保が必要となったため、事業仕分けに見られるような、歳出削減のための事業見直しといった内向きの対応に迫られたこともあげられるだろう。

事業仕分けについて言えば、政府の歳出見直しという、従来、政府内部の見えないところで行われた議論が、国民の誰にも見える形で行われたところに意味がある。

このような、国民の監視のもとに、公開参加型の手法をとりながら、政策実現における無駄の除去、実施手段の最適化を図るのは重要なことであり、取り組む意義はあると思う。実際に、自治体レベルでは、10年以上前から、事業仕分けの手法を用いて、事務事業の見直しを進めてきている。

ただ、注意しなければならないのは、この手法が利用できるのは、国家のあるべき姿を示すビジョンやその実現ための戦略という高度な政策レベルの問題ではなく、これらを実現するため手段として、下位に位置する施策や事務事業のレベルに関する見直しに限られるという点である。

さらに重要な問題は、我が国がこれからどのような国になることが望ましいかというビジョンと、そのためにどのような国家戦略をもつべきかという、根本の議論がほとんどされていないということである。それらが明らかにされて、はじめて、実施すべき政策とその優先順位を決定することができるのではないかと思う。

事業仕分けの実施の過程で、科学技術や芸術文化、スポーツなどの分野で、各界のプロフェッショナルにより発せられた不満や、国民からも寄せられた議論は、これらの上位に位置するビジョンや戦略が不在の中で、政策体系の下位に位置する「施策」や「事務事業」があたかも上位に位置すると思われる「ビジョン」や「戦略」を否定するかのように評価されていたことに原因がある。

国家のマネジメントにおけるビジョンと戦略

今後、大きく変動が予想される世界の中で、わが国は国際社会や国際経済においてどのようにあるべきか。国民の生活を維持向上させるためには、どのような戦略をもつべきか、このような国家戦略を政府としてはまず考え、国民に提示すべきである。

さらに、それらを実現する上で、行政と民間の役割分担をどう考えるか。国と地方のあるべき姿をどう考えるか。国民の税負担と政府の提供するサービスのレベルをどう考えるかなど、政策の上位に位置する基本的な政策の考え方を整理しなければならない。

そのような議論こそ、国民参加のもとに行うべきであろうが、そのような様々な意見が予想され、調整の難しい議論を避けて、より分かりやすく、低いレベルの議論にのみ国民の注目が集まるのは適当なことではない。

国家も一つの経営主体であり、政府全体を民間企業になぞらえて、そのマネジメントを考えていく必要がある。企業が無駄な経費を切り詰め、従業員のリストラを行い、コストの削減に努めることは確かに重要なことである。

しかし、それだけでは企業は生きていけない。自社の得意分野を見極め、選択と集中により経営資源を集中的に投入して、企業の中核部門におけるシェアの拡大を図り、利益が最大化するように、戦略を練り実現していくことが重要である。企業のトップやリーダーにおいては、企業のビジョンを示し、その実現のための戦略を掲げることが最も重要な仕事である。

このことは、国においても全く同様に言えることである。我が国の国民一人一人が豊かで、安全安心な生活を維持できるようにすることが、国家の役割として重要であることは誰も否定しないだろう。

その実現のためには、我が国の経済が持続的に発展していかなければならない。国民生活を支える経済活動の中核となる産業を選択し、発展させていくことが重要であり、国レベルでの金融政策やインフラ整備、人材育成などを含む総合的な政策ビジョンが必要となる。これらのビジョンとその実現のための戦略を政府は国民に示さなければならない。

あわせて、政府は国民に対してサービスを提供する機関である。国民が安全安心な日々の生活を営み、喜びといきがいをもって生活できるようにすることが政府の責務である。そのためには、社会保障、医療福祉、子育て、教育などの国民生活に密接に関連した政策についても、基本的な考え方を整理したうえで、ビジョンと戦略が示されなければならない。 さらに、大きく変動する国際社会の中で、日本はどうあるべきか、外交、安全保障、危機管理に至るまでの基本政策に関するビジョン、戦略が示されなければならない。

これらのビジョンと戦略が選挙や議会を通じて国民の間で十分に議論がなされ、方向が決定された上で、その戦略を実現するための財源や国民負担、政府の組織体制、公務員制度などのマネジメントの問題を議論するのが筋ではないかと思う。

国家の基本戦略の議論を避けてはならない。